ひきこもり支援 当事者からの実用的な提案~ひきこもりUX会議に参加して

ひきこもりUX会議の会場は、当事者、親、支援者の310名で熱気ムンムン(2014年11月30日 東京ウィメンズプラザ)

支援というと・・・
不登校の子どもは、学校へ行かねばならない。
働けない若者は、就労へつながねばならない。

そういう支援には違和感を感じる、自分たちのことは自分たちで伝えたいと冒頭主催者は話し始めました。
ひきこもり支援 当事者8人実用的(リアル)な提案~「ひきこもりUX会議」が”支援”と”多様性”をテーマに開催されました。

生きづらさ抱えるいろんな人がいていい、多様な支援があっていい。
当事者8人からの提案は、普段当事者の声を政策に活かす!といいながら、なかなか当事者の声を聞きとるのが難しいだけに衝撃的でした。

【プレゼンターの8人からの提案の一部を紹介】
●岡本圭太さん(若者サポートステーション相談員)
就職活動から挫折し、25歳まで社会から撤退した日々を過ごしてきました。
25歳で通院をはじめ、20代後半は当事者グループや勉強会の運営などに携わり、30歳で就職し、今の仕事をしています。
岡本さんの「家族の支援が大きい」という発言には説得力がありました。

●石崎森人さん(「不登校新聞」子ども若者編集部『ひきこもるキモチ』掲載)
精神科通院歴13年、本人曰く「今までついた病名を挙げるとお経のよう」と笑いを交えながら話します。4年前まで2年半ほどひきこもっていました。
脱した経緯や試行錯誤を不登校新聞に掲載中です。
石崎さんの「精神科医の待合室で絶望感でずっと待っている間、スマホをいじるか、待合室の壁を見るしかない。そのとき『ひきこもり支援をするポスター』が目に入ってきた。」
それが絶望から抜け出す一歩でした。当事者も親もひこもり支援の情報を知らなかったそうです。石崎さんは、病院にひこもり支援のポスターを掲示することを提案します。

●丸山康彦さん(ヒューマン・スタジオ代表/湘南ユースファクトリー代表理事)
高校で7年間ひきこもり、大学卒業後、高校の教壇に立ったが1年でひきこもりを経て、個人事務所を開設し、青少年支援の活動を始める。不登校、ひきこもり等へ多様な援助を実践しています。
丸山さんは、ひきこもりから抜け出す支援だけではなく、今ひきこもっている当事者の生活の支援(ひきこもりQOL)をすることも大事だとひきこもり生活を楽に!楽しく!を提案します。

●林恭子さん(ヒッキーネット/新ひきこもりについて考える会)
高校2年で不登校、20代半ばでひきこもりを経験。信頼できる精神科医や「ひきこもりについて考える会」で多様な人々との出会いを経て回復。お金がないと餓死してしまうという強迫概念があり、働き、過剰なストレスで収入を得ては病院代へお金が消えていく20代30代を過ごす。その後切羽詰まって、自分の好きなことを自分のペースで仕事をしたいと思い、9年間ひこもっていた夫と古書店「たけうま書房」を経営し、初めて自分の居場所を見つけ、ストレスのない暮らしをしています。
林さんは、支援も大事だけどこのままでいていいという環境も大事と提案します。

●勝山実さん(ひきこもり名人/新ひきこもりについて考える会世話人)
高校2年の終わりから不登校を開始。20数年ひきこもりを続けています。自称ひきこもり名人。勝山さんは、和歌山の新宮市にいるずっーとひきこもりをしていた66歳の三枝さんと出会います。そこは廃校をパン工房にした場所。パンを好きなだけタダで食べられるところ。土地もいっぱいあるところ。
そこで勝山さんは、ひきこもりのマイホーム三匹の子豚(家)を建てる計画を実行中。10月の台風で家を飛んでしまったけど、また今度は風に飛ばされない工法で、ひきこもり5人で家を建設中。来年には完成予定だとか。
勝山さんの楽しんでひきこもり生活を送っている自由な姿になんだかほっとしました。

●川初真吾さん(一般社団法人コユーテ代表理事)
今回唯一ひきこもり当事者でないプレゼンター。ひきこもりの弟がいる。川初さん自身は、ADHDで、ひきこもり当事者と共に新しい働き方や暮らし方を創造しています。
川初さん曰く、「ひきこもり=狩猟民族論」は衝撃的でした。

●小林博和さん(ひきこもり不登校支援の会運営/ひきこもりドキュメント映画上映「home」上映委員会委員)
小林さんは、家庭内暴力、ひきこもりをし、長野で長年暮らしています。家が嫌で逃げだした弟が小林(兄)さんの映像を撮り、ドキュメンタリー映画「home」をきっかけにひきこもりから抜け出すことがました。
小林さんは、「ひきこもりの支援はひきこもり当事者でないとできない」と言います。そして「どうしたらいいかわからないひきこもりの人は、今すぐ俺のところに来てくれ」と心強い言葉で会場に投げかけます。

●恩田夏絵さん(ピースボートグローバルスクール)
三角形の計算がなぜ必要なのか疑問に思い、小学校2年生から不登校をはじめ、ひきこもり、リストカットなどを経て、定時制高校を卒業するも”生きること”への希望を見いだせず、19歳の時、人生最後と決意し、地球一周の旅ピースボートに乗ります。
そこでいろんな多様な人たちと出会い、生きることの多様性を実感します。
「支援する人?とされる人?」「同じ年齢の人だけの集団だけで生活する?」「不登校になったら不登校の子だけの集団」そういう形に今までは違和感を持っていました。
社会から外れた人が普通のことが普通にできないつらさから解放され、いびつな形のままでいいんだと思えるようになりました。
人と関わることで自分を作り直すことができたという恩田さんの言葉に重みがありました。その後死ぬのをやめて、ピースボートグローバルスクールを開校します。

主催者へ行政には何を求めるかと聞くと、
「何もしなくていい。私たちの声を聞いて欲しい」と言われました。

昭島市には、議会を通じて、今まで若者のひきこもり支援について聞いてきました。しかしその実態調査すらされていません。まずは声を聞くことが大事ではないでしょうか。
地域のあちこちで多様な世代が交じり合う多様な場、そこは自分の責任で自由に遊ぶ、例えばプレーパーク等の子どもの遊びを保障する居場所もその一つではないでしょうか。
 

いろんな人がいて、いろんな生き方があっていい。多様性のある社会こそ、生きづらさを乗り越えていけます。

明日から国政選挙が公示されます。
今しなければならない、生きづらさを感じている若者への支援の政策から目をそむけないでほしい。

さて私が所属する昭島市議会の会派みらいネットワークは、政務活動費は市民と共有するもの!という意識から、今年もシンポジウムをします。
テーマは、(仮称)「ひきこもり、若者支援施策~静岡方式、藤里町社協の事例から学ぶ」です。
日時は、2015年2月15日(日)14時~。場所は昭島市役所内市民ホール
詳細が決まれば、お知らせします。ぜひご参加下さい。